18 11月 2013

One day with a cup of apricot tea.

着実にホンモノに近づいているかは置いておいて、過去はいつも紛い物みたい。
22の小娘が何言ってるんだって思ってください。


数か月前から週一で会社に勤め始め、朝から晩までパソコンに向かっていることがルーティーンと化し、
始めのうちはその一日だけで心身(というか心オンリー?)共にヘロヘロでした。たぶん、慣れてなかったから。

でも面白いことに、パソコンにたとえ一日中向かってても心を無にしてそこに集中していれば、
「おもしろい」わけでもないけれど特別「つまらない」わけでもなく、
それなりに楽しく過ごしていく術も身に付くもので。

ただ、心を無にしている時間が多いと、すくなからず身体のどこかに
「無にするための無理」が身体を内側から蝕んでいくのを感じていたのもまた事実。
これに耐えれば新しい自分に出逢えるのか、
んでもってその自分は果たして出逢おうと思ってた自分なのか、それはまだ未知。

最近その変化をダイレクトに感じるけども、言えることがあるとすれば
少しずつ歳を重ねるにつれて、
生きてることに慣れていってしまう不可抗力が存在するんじゃないかっていう予測。
ただ、それ自体は決して悪い事じゃないし、
慣れてしまったがあまりに、当たり前のことが見えにくくなるのも仕方ない。

今日自転車で通り過ぎた、都庁にかかる朝日が涙が出そうに綺麗だったこと、
銀杏並木の絨毯が昨日よりまた少し分厚くなったこと、
空の色が一昨日より少し青みがかっていたこと、
もらったブラウンシュガーの口どけの良かったこと、
あの人の靴のつま先が少し磨かれて光っていたこと。

ちょっと前の自分だったら「変わりたくない」の一辺倒だったろうけど、
いつまでもその変化に抗って、心の視力矯正ばかりしていてもキリはない。
マイナスをゼロに戻し続けるための足し算は、所詮徒労だ。

なによりも新鮮味をいちばん欲するわたしはこれからだってきっと数多の「当たり前」を見失ってく
厄介なことに世の中の殆どのことは一度経験したらその新鮮味は欠けていっちゃうらしい
<新しい> ➡ <当たり前> ➡ <当たり前のその向こう>
この流れはおそらく速いほうだと思う。


だったらすべてを自分にとって新しいものに日々アップデートしていくしか、わたしは方法を知らないから。
隣の芝生が青く見えるなら今立ってる芝生を真っ青にすればいいじゃないかと思う性でヨカッタ。


スローライフが謳われる昨今だけど、「スロー」だけじゃ物足りない。
それは、早い早いと叩かれる東京のスピードがなんだかんだ身体に染み込んでるお蔭(せい?)だなと思う。
わたしにとってはこれが平常スピード。

だって、そんなゆっくり生きていたくない。
「じっくり」生きていくのは得意だけど、「ゆっくり」生きていくのは上手くないよ。

矛盾しているようだけど、そこが愛おしいのであってまだ青臭くていいと思うようにしてる、あと半年。
「あのころの自分青かったぜ」と言っていたいだけのような気もするけれど(笑)。
あ~、学生身分に甘んじてる現状から、そろそろ足洗わないと。

過去は紛い物だろうとなんだっていい、戻ってきてくれないもん。
ただ最近は、今は一生懸命生きていたい!って叫べる場所が少ない。
これが大人の環境っていうことなら、ちょっと解せないね。



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posted by Midori



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