20 2月 2013

TAKE TWO.

“ボブの女の子はなんらかのメッセージを持っている役割である”
(※かの妄撮Pはこう述べていたりします。)

いつもだったら嬉しくってスキップで新宿のガード下を駆け上るところですが、
前回このくらいに短くしたのが去年の今頃だったこともあって。
「人は髪を切る前に きっと、何かを片づける」なんて歌詞があるけど、今回は逆。
なんだかMP開始前の覚悟の断髪のよう。もはや武士やん。

ここのところ、デスクワークが多かったり、なかなか写真を思い切って撮るまとまった時間がとれなかったりでずっとわたわたしてしまっています。
そんな最近に思ったことを並べたら何かのキャッチフレーズのようになりました。
教訓でも某○十則なんでもないですが(笑)。

ひとつめ。当たって砕けようとしても、たいてい砕けない。
いつも通りの見切り発車の実経験より。
誰もが「え?」というような凡ミスを犯したときだったり、
相手の答えが8割方わかってるかのようなときだったり、
もう間に合わないんじゃないかってなったときだったり。

ダメかと思って腹を括ったら、いつもよりちょっと大胆になれた。
失敗したとしても、そのあとの切り替えが早ければ早いだけ、巻き返したろってなる。
~したい、の前に「どうしても」が付け加えられたとき、半歩前のめりで歩き出せるみたいです。

ふたつめ。数字がもってくるのは安心と、おいてけぼりの虚しさ。
ところで先日、中高時代にお世話になった先生が新年早々熱いメールを送ってきたと思ったら、
「Midori、アーティストになれやー!(※超要約&日本語超意訳)」、と。。
それを読んで「あたしの才能はどの辺にあるんかい」って思った瞬間、自分に絶望しました。
数字で管理されることに慣れて、いつの間にか数字での優劣判断に安心してたことがショックだった。

不安を数字で誤魔化そうって考えががすごく情けない。なんか、キタナイ。
「この数字が目に入らぬか!!!」って、桜吹雪じゃあるまいし。。

たしかに、数字で見れる結果は単純に分かりやすいよね。
いいのはいいし、逆もまたしかり。
それにテストでいい点とれる人はやっぱり尊敬に足るし、とれたらやっぱりうれしいもん。
ただ、それと同じくらい数字を見ないこともとても大事なんさね。

ともすると、数字って、もしかしたら同じ価値観を持っているからこそ通用することなのかしらん。
同じ価値観がない限り、数字はただの数の並び以上でも以下でもないのかしらん。
世界は、思っているよりもずっとずっと自分の基準が通用しない。
そんな物思いにふけたここ最近。自分の狭さを知りました。


知らなかったらきっと、「知らなかった」で終わりだ。「知らないこと」ってすごく怖い。



でも知っていれば、そのうえでその道に行かなければ、「選択しなかった」ことになる。
あたしも自分から、別の道を「選んだ」ことになるわけだ。



posted by Midori

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