01 10月 2012

On the way to.


“ANDREA: Unhappy is the land that breeds no hero.
GALILEO: No, Andrea. Unhappy is the land that needs a hero.”
ドイツの劇作家ブレヒトの『ガリレオの生涯』という劇からの引用。
英雄のいない国は不幸だ、というアンドレアの発言に対してのガリレオの言葉が秀逸。
「不幸たるは、英雄を必要とする国である。」 いまの日本には耳の痛い言葉!


さて、今日から10月1日、月曜日、台風一過。
なんだか、いろいろなことがきれいサッパリ装い新たになった感じがします。

そんな今日は思い切ってある方にお会いしてきました。
ズバリ、女性成長支援の「浅野塾」の塾長、浅野ヨシオ先生。

きっかけはツイッター、という。なんだか現代の象徴、ソーシャルメディアにまたもや助けられてしまった。

先日、浅野先生のツイートが気になってしまい、即興のリプライを送って(ミサイルをとばして)たんです。
そして、そんなハプニングから一週間もたたぬ間に、お会いする機会を作っていただきました。
(この場を借りて、改めてありがとうございました!)

トマトジュースをすすり、目頭を熱くして約2時間、熱い言葉に胸を打たれっぱなしでした。
自分にしかできないこと、ブルーオーシャンを探す……、それを最澄の著書『天台法華宗年分学生式』から「一隅を照らす」人になること、とおっしゃっていたのが印象的。

お話していく中で、わかっていたつもりでわかっていなかったことに気づくことが多々あって自分で自分が少し恥ずかしくなった。
けど、無意識に人と比べてしまう、私にとっての不安の原点を見つけられたことは本当に大きかった。
中学高校の6年間にも、いまにつながる意味を見いだせたことは感謝の一言に尽きます。
具体的なことが分からないとしても、いまは悩んで、そして悩みぬいていこう。

そして一番印象的だったのは、“最後に決断するのはだれでもない自分であり、自分だからこそそれは苦しくて楽しい”と、おっしゃっていたこと。
取捨したその行為にすべての責任が伴うとき、誰のせいにもできなくなるし、自分だけの選択になれる。
そう考えると結局は、“あれは要る、これは要らない”、人生はその積み重ねでしかないね。
ブログというものを書き始めた高校生のときから「人生は取捨選択の連続なのかもしれない」と書いてきた、その「~かもしれない」が少しずつ確信を持ってきたことを最近ちょっと感じています。

なんだかんだ、「~かもしれない」と思っていたあのころから年ってきちんと積み重なっているみたい。
いまなら17、18のふにゃんふにゃんしてた自分に喝(!)を入れてあげられそうだ。

でね、こうして思い切ってお会いする(ミサイルを飛ばす)ことを通じて思うのは、つくづく私は見切り発車だってこと。

ロンドンでレセプションに駆け込んだ時、村上萌さんにいきなりメッセージを送った時、フランドルガールズに参加した時、MP公演直前の夜中ひとり部屋で朝まで作業した時、草野絵美さんの結婚パーティーに参加した時、そして今回もまたそう。
会いたいって思った時に、やりたいって思った時に、あんまり失うものがないことをいいことにとりあえずミサイルを飛ばしていってしまう。
そんでもって、この行動力は武器になるよって浅野先生はおっしゃっていたけど正直これが武器になることは私はきちんとまだ分かってない(ってことはよくわかったけれど)。

ただ、会ってみたい、作ってみたい、行ってみたい、その欲望には忠実でいたい。
もう、会いたい人に会いに行けることは、アイドルに限ったことではなくなったと思う。
今回だって、あのツイートを見かけたとき、ビビビ!ってきたから、思わずそれに従ってみただけ。

とりあえず、「一度お会いしたいです」って書いて、Enterボタンを押してみる。
すると、一時間二時間しないうちに私のもとに返事が来る。そしてアポイントメントを獲得してみる。
いま、きっとそんな時代になってる。
会いたい人に会えるなら、会ったほうが面白いと思うの、なんかすっごく。
Enterボタンを押し続けたらそのうち何か見えてきそうでならないんです。

「私たちは同じ人間、それに上も下もないよ」って、眩しい人ほどそうおっしゃる。
ただ、人に違いがあるとするならば、そこから這い上がりたいと思うのか、ないのか。
本当にそれだけなのかもしれない。

だったら私はもっと違う景色を見てみたいし、自分の円も縁も、広げていきたい。
と、そんな思いに更けながら、井の頭線に揺られる今宵でした。


ところで、なんとなく、ブログにあげる写真をあれやこれやと探しているときになんとなく撮影した最初の一枚。
構図もろくに考えぬままシャッターを切ってしまったけれども、撮った後に気づいたのは、ここに写っているものすべてが貰い物・贈り物だったこと。

当時小学生だった私に、父がくれたNY・上海で買ったチャーム、
この夏退職したバイト先から頂いた花束(の写真)、
ちょうど先月、姉と一緒にバリから来た通称「飛ぶブタ」、
これもこの夏、OUDSのメンバーにもらったサイン入りフライヤー、
20歳のときに母にもらったANNA SUIのアクセサリー……。

これらすべて、ある意味21歳と一か月の時間を証明してくれるもの。
そこから思い出されるすべてがいまのわたしの元素になってます。

なんか、坂本真綾さまの「ボクらの歴史」が聴きたくなるね。(youtubeへ飛びます。)

明日のことはよくわからないそれでも
未来のことならわかる
自分のしたいことが何なのか
みんな探してる途中


posted by Midori

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