05 5月 2012

I'm in M&C.


一回一回こなしていくから、いま残っているのは最後のひとつ。
皐月ちゃんにはもうちょっともったいぶっててほしいけど、時計の針はおさえられないもの。
最近はこれぞまさに大詰め、とでもいうような追われる日々がつづいています。
家に着く時間がおそくて、食生活がみだれて、運動不足がつづいて、睡眠時間もあんまし。
つらいって投げ出してしまったら簡単だけれど、これには責任がともなってるし、なによりもひとりじゃないからいまは大丈夫。

今週はずっとずっとしばっていたはずの堪忍袋の緒がちょん切れそうだった。
こんな言葉をいうのはふがいないけれど、限界だった。 
それでも持ちこたえられたのは、ちょん切れかけた緒の代わりにメンバーがあたらしい糸たちをしばってくれてたから。
「よくこらえたね」「みどりなら大丈夫」「手伝えることあったらいって」「まちがってないよ」
感情のままに吐き散らしたら、その一瞬楽になったのかもしれないけれど、マイナスの感情のままにつっぱしることは私が状況をひとつの面でしか理解してない証拠なのかもしれないしね。
冷静にさせてくれてありがとう。
支離滅裂だったろうにきいてくれてありがとう。
泣いてもきいててくれてありがとう。
美味しいお菓子にもありがとう。
甘えっぱなしにならないように、わたしもきちんとリーンオンさせてあげられるひとりになれるように。がんばる。

エゴを捨て去ることなんてできないって思ってた。いまでも思ってないことはないよ。
でもputting asideって、永遠に置きざりにすることじゃない。文字通り横においておくこと、だ。
ピッチにださないだけであって、いつだってエゴをベンチ入りさせることはいいのかもしれない。
チームメイトの一因としてじぶんの中にあってもいい、そういうものなのかもね。

喜ばせたいから驚かせたいから、せっせこ布を裁って縫う。
リーンオンしてもらいたいから、まずは相手を信頼する。
元気になってもらいたいから、じぶんにできることをさがす。
成長したいと思うのって、人生をおもしろくしたいからなのかな。
自分の理想に近づくため、というよりじぶんの欲望に忠実になるために。
じぶんの感情と理性に素直でいられるように。

考え方を、言い方をちょっとひねってみればきっと素敵な刺激をもらえるはず。
いままで見えてこなかった考えの世界にさらってもらえる。
この人たち相手なら嘘つけないなって人たち。尊敬できる人たち。うれしいことがあったときに伝えたいなって思う人たち。
メーコスはそんな人たちがたくさんです。
この一春だけでそんな関係にまでなれた(と信じてます)っていうその事実。
それがいちばんの収穫なのかもしれないね。この安心感。
個性強くてアテンダンスでも常におかしい人たちだけど、そこにいられてほんとうに嬉しいの。
今年のメーコスに選んでくれて、本当にありがとう。もういっかい、ありがとう。

『Life is fighting. /人生とは戦いだ』でもその言葉はわたしにはちょっとおっかない。
何かを捨てると同時に何かを拾う。わたしにとって人生は取捨選択の連続、です。
ただ、to be or not to be : that's the question.
たかが20年そこそこしか生きていない私たちの見せる「人生」の形なんて荒削りだってことは誰しもがわかってる。もしかしたらそのアウトラインすら私たちはみたことがないのかもしれない。
ちっちゃくて、短命で、はかないくせに印象的で。でもだからこそ、その不器用さが愛おしい。
それを伝えられるのが20歳のいま、なのかもしれないね。

途切れないように、心のどっかで最後を知っていながら、最後を見ないように。
時間なんて次元すら超えてしまえばいいのにって思う。
だからね、あと一週間経ったら~…、なんてかっこいいキメ台詞はいまはいらない。
また新しい一週間が、一日が始まるの、いまはそれだけだよ。
毎日が新しいのなら、せっかくなら素敵だと思うことをまずはまっすぐやっていこう。

みんなで舞台を去るその瞬間に、この3か月のことを走馬灯のように思い返せればいいな。
ぜったい、だいじょうぶだよ。


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