25 4月 2012

Once in a lifetime means there's no second chance, which I believe that we should grab it while we can.


100倍にうすめてしまった珈琲はかろうじて珈琲と認識はできても、飲むというには忍びない。
わたしのなかは、まだ薄まったままの珈琲、なにごとも消化しきれてなんていないよ。

それでも現場で感じる感情とやらは、予想していたよりもずっと大きくて、そしてその感情はふとした瞬間に自分の中にやってくるらしい。 
みんなで円をつくった瞬間、CCで歌いだした瞬間、チアをした瞬間、それはいつだっていいの。
終わりを想像してしまうその瞬間に直面したとき、ふだんだったら固く蓋をしてあるはずの感情が思わずひらいて溢れ出す。

夜通しで衣装を作り上げ、仲良く雑魚寝して、寝ぼけ眼で会場入りし、衣装・メイクの確認をして、ランスの間はひたすら着替えの手伝い、ヘアスタイリング。
あっという間もないような12時間。心身くったくたのボロ雑巾になったようないちにち。
それでもCCで、「あぁこんな風にして終わるのかな」と思った瞬間、ちょっと目頭があつくなった。
ちっちゃいころ帰りたくなくてお母さんにダダをこねた、そんな感覚。
ちがうのは、なだめるも自分、ダダこね続けるも自分ってことだけ。正直なところちょっと意外だった。
最終公演で「MP12, Here we are!」って叫んだ瞬間、なにをみて、なにを感じてるんだろう。
それを知らなきゃいけない日がもうすぐ来るんだね。終わらせないといけない日は来るんだね、ほんとうに

チアのさいご、みんなで「Here we are!」って叫ぶ瞬間はいつだって、その辺の空なら簡単に突き破っちゃうんじゃないかって思う。
とてつもなく陳腐な表現だけど、わたしたちって最強じゃないのかなって勘違いしたくなる。
Here I amじゃなくて、「Here we are」。奇跡と奇跡がつないだ軌跡をひとつひとつ見返しながら、囲まれた輪のなかでみんながみんなを感じる。
そんなみずみずしい感覚に浸れることはこの先そうそうあることじゃないのかもしれない。
だったら、だったらさ、あと3週間はこのまま一直線に泳ぎきらせて、ね。


ランスがはじまり部屋が静けさを取り戻した電気のついていないDressing roomに、おかれた二台のミシン。
手元だけポツンとライトアップされてて、それがすごく寂しそうにみえた。
小さいながらに真っすぐと照らされた、その姿を見てたら急に孤独にさいなまされたような心持ちになって、それと同時にこの瞬間の感情を忘れちゃいけないと思った。 
手元を照らしてくれるスポットライト。ここがきっとわたしたちメーコスの小さなちいさなステージ。
イメージを膨らませながら作る衣装は、選ぶ衣装は、いつも来てくれる人の笑顔と一緒に浮かんでくる。
微々たる力になりたくて、今日もミシンとtalk and listenしてみる。できない日もあれば驚くほどはかどる日もある。山があってもちろん谷がある毎日だけど、不安が払拭できなくて時々足踏みする。
わたしって彼らのためになにができてるんだろう、なにがもっとできることなんだろう。
担当させてもらってるキャストに元気や自信を、私はいつももらってばっかり。
ステージの一点を照らされる彼らの役にもっと立ちたい。彼らが笑顔で表にいけるお手伝いをしたい。
だから思うの、メークと衣装はキャストにかける最初の魔法だったらいいなって。

口にだした方がいい場合があるだろうけど、目や別のものが口ほどにものをいうときだってある。
メイクも衣装も手紙もきっとそれぞれ口にするときとは違う空気を運んでくれるはず。信じてる。
ことばに発してしまえば消えてなくなってしまいそうな気持ちもまだたいせつにしまっておく もうちょっとここにいてね

posted by Midori (@tmdg1214)



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